1. 研究計画書を書く
本ウェブは主に既存のデータを用いた研究、つまりデータありきの研究を行う場合の話になります。最初は自分でデータを集めるにしても「何をどのように集めていいかわからない」「集めたものの、後になって色々なデータが足りない」などの問題が生じるので、既存のデータを使った研究か、簡単に集められるデータにしておいた方が良いと思います。
新規にデータを集める場合は研究計画書がないとそもそもデータを集められません。たまにデータを集めてから研究計画書を書いて倫理委員会を通す人がいますが、これは御法度です。データベース研究の場合でも最初の一本は既存のデータを用いて書くのがスムーズな気はします。また、前向きコホート研究など、新しく研究計画書を書いて倫理委員会を通して行う研究の場合は、メンターと一緒に計画書を策定することになると思うので割愛しますが、いずれにしても必ず研究計画書は書きましょう。
研究計画書を書くことで自分の研究に足りていない点が浮かび上がるとともに、仕上がったプランを共著者と共有することで論文の目指すところがはっきりします。特に初学者が陥りがちな点として下記があります。下記の単語が全くわからない場合は、臨床研究の基本的なところを書籍で学んでからにしましょう。
(著書)僕らはまだ、臨床研究論文の本当の読み方を知らない。〜論文をどう読んでどう考えるか 筆者らの本なのでCOIがあります。『臨床研究論文の本当の読み方を知らない』は論文を読むための本である一方、実は論文を書く時に意識している点をかなり詰め込んでいます。本マニュアルと並べて目を通しておくことで、実際に論文を書く時に困りがちな点が整理されていくと思います。また本サイトの構成などもこの本に準じているので理解を深めやすいかと思います。 |
- 背景となる論拠や仮説が不明瞭
- 研究目的が曖昧、あるいは多すぎる
- 研究対象集団の定義と、研究集団に関連した内的妥当性・外的妥当性の検討が曖昧
- 対象となる介入・測定項目・予測因子やアウトカムの定義が曖昧
- 研究目的と研究手法がマッチしていない、あるいは現実的でない統計手法の提案
- 想定される研究限界への考察が不十分
- 自分が決めたタイムラインを守れない
- この研究を行うことで次にどのような研究に繋がるかが見えない
もちろんこれら全部を初学者が一人で詰める必要はありませんし、不可能だと思います。ただ、このような内容が曖昧なままで進めると論文化できない、あるは仕上げても査読が通らず論文が世の中に出ないということに繋がるということを心に留めておいてください。
研究計画はさっさと終わらせて早く解析と執筆に取り掛かりたい人もいるかと思いますが、実は研究計画書をしっかり書く方が最終的には早く論文が仕上がります。もちろん既に何本も同じデータセットで研究している人はいいですが、できるだけ1ページでいいので研究計画書を作る癖をつけておきましょう。研究計画書のテンプレートのサンプルは下記からダウンロードできます。もちろんこれは単なるサンプルなので、次の表に示す必要な事項が整理して書かれていればそれで良いです。
項目 | 内容 |
タイトル | 論文のタイトル |
著者 | この段階でオーサーシップを明確にします。揉めるところなので、できるだけ最初に決めておきましょう。 |
研究目的と仮説 | 論文の目的と仮説を書きます。探索的研究の場合は仮説は不要ですが、論文の構成に注意する必要があります。 |
背景 | 論文の背景を簡潔にまとめます。計画書を読んだ読者が「なるほど、これは大事で面白い」と思えるように、かつ簡潔にまとめましょう。 |
過去の主要論文 | 自分の研究において主要な過去の研究論文をまとめます(2,3本)。 |
研究デザイン・セッティングと研究対象集団 | 研究デザイン、期間、セッティング、研究対象集団を書きます。再現性が担保できることを意識しましょう。 |
曝露因子とアウトカム | Exposureが何か、outcomeが何かをよく考えます。ここがしっかり書けない場合、まだ論文を書く段階にありません。 リスク因子探索や予測モデルの研究であれば各因子の候補を明確にします。 |
統計解析 | 統計は経験者に相談する必要があります。メンターと相談しましょう。 自学自習でやるのは避けるべきです。 |
研究限界 | 予想される研究限界とそれにどう対処するかを考えておきます。 一般的に内的妥当性(選択バイアス・情報バイアス・交絡)と外的妥当性(一般化可能性)を考えます。 |
タイムライン | あまり細かく立てる必要はありませんが、いつまでに解析を終え、ドラフトを書き、 どこに投稿するか具体的な予定を立てます。 |
次の研究 | 本研究を元に今後どのような研究に繋げていくか?を考えます。 |
2. スケジュールの確認
論文作成は作法に慣れれば書くこと自体は比較的容易になってきますが、それでも経験が大事です。思ったよりも本文作成以外のところで時間をとられます。表を参考にして「どれくらい時間がかかりそうか、そしてどれくらい論文に時間がさけそうか」を考えてみましょう。ただし、論文作成にだらだらと時間をかけてはいけません。
個人的な印象として、主な解析が終わっている段階から開始して3ヶ月以内に書き上げられない場合、そのまま半年とだらだら時間だけが流れていく印象です。書くと決めたら指導者や共著者にもスケジュールを明確にして伝えましょう。
まめな指導者であれば毎週進捗の確認などをしてくれるかもしれませんが、メンティーが多いと各人に十分気を回せなくなることも多いです。自分のプロジェクトは自分で管理するという気概を持ちましょう。
流れ | 目安 |
研究のアイデアを練る | 数週間〜数ヶ月 |
研究計画書の作成と研究費の申請 | 数ヶ月〜数年 |
倫理委員会への申請 | 数ヶ月 |
データ収集 | 既存のデータがあればすぐ 新規データ収集なら数ヶ月〜数年 |
データの整理・解析 | 数週間〜数ヶ月 |
論文執筆・学会発表 | 数ヶ月 |
上級医・共著者に確認する | 2週間 |
Cover letterを作成し、 投稿先の投稿規定に合わせて修正する | 数日 |
英語の校正業者に出し、細部を修正 | 1週間 |
共著者全員のOKが出たら、投稿し返事を待つ | 数ヶ月 |
Rejectの場合は速やかに次の雑誌に投稿する | やり直し |
Reviseが来た場合は早く、確実に対応する | 1-2ヶ月 |
めでたくアクセプト!共著者にお礼 | |
Proofreading、APCの支払い | アクセプト後1ヶ月以内 |
3. 倫理委員会からの承認を得る
これは当たり前なので特別追加で述べることではありませんが、ほぼ全ての研究は倫理委員会を通過する必要があります。倫理委員会での審査が不要なケースもありますが、その判断を自分で行わず、自分が所属している倫理委員会に相談するのが良いでしょう。
倫理委員会の開催タイミングは施設によって異なり、毎月のところもあれば数ヶ月に一度のところもあります。倫理委員会の通過待ちで研究が進まない、という事を極力減らすためにできるだけ早くから倫理委員会の日程を把握し、どのタイミングで通過させるかは事前にメンターと相談しておきましょう。
倫理委員会の厳しさは施設によってかなり差異があります。一般的に大学病院・大規模病院であるほど厳しいと言われています(真実かどうかはわかりませんが、体感でもそのような印象はあります)。倫理委員会が何を見ているか?に関して、多くの場合は観察研究ですから、個人情報保護の視点が大きいウエイトを占めることは知っておいた方がいいでしょう。従ってデータの扱いなどの部分が曖昧だとかなり厳しい指摘を受けると思います。
倫理委員会をどのように通過させるかは各施設の倫理委員会に聞けば丁寧に教えてくれると思いますし、また書類のテンプレートなどもあるはずです。介入を伴わない範囲の研究であれば、修正が多くても最終的には通るはずですから、一つ一つ相談しながら行いましょう。
ちなみに「データを集めてから倫理委員会を通す」はやってはいけません。
4. 研究プロトコル論文の事前登録
最近では研究の透明性を高めるために、研究プロトコルの事前登録が行われています。ランダム化比較試験であれば必須ですが、最近では多施設共同観察研究(レジストリ・コホートなど)での登録も透明性の確保のために推奨されています。
ランダム化比較試験であれば下記のいずれかへの登録が必要です。
・University hospital Medical Information Network(UMIN)
・ClinicalTrial.gov
ランダム化比較試験であれば当然uminやClinicalTrial.govへの登録が必要ですが、それ以外の観察研究(レジストリや前向き多施設研究など)やメタアナリシスでも研究プロトコルがBMJ Openなどに投稿されることが増えています。
レジストリ構築、多施設前向き観察研究などでプロトコル論文を出しておくと、透明性が高まるだけではなく、論文を書くとき「レジストリなどはこちらを見てください」で済むので非常に楽です。また後出しジャンケンと言われなくて済むので安心して研究ができます。