まずメンターを見つける

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1. メンターを見つける

とにかく臨床研究のメンター・指導者を見つけることが「臨床研究を行い、論文を書いて世の中に出す」ための最重要ポイントと言っても過言ではありません。これはいくらChatGPTなどのAIが発達しても、(少なくとも現状は)臨床における疑問であるクリニカルクエスチョン/臨床疑問を臨床研究という形に落とし込んで、その意義を説明することまではできないからです。優れたメンターとそのチームは自由に使える質の高いデータを持ち、臨床疑問に応じた実現可能な研究デザインのアイデアを出すことができ、かつ指導能力に優れているので論文を世の中に出すまで責任を持ってくれるはずです。メンターの探し方として下記があります。臨床研究のメンターに関する考察はこちらのER collectionの記事(臨床研究のメンター)でも紹介しています。

  1. 直属の上司・指導医で経験のある人
  2. 知人の紹介やメンタリングを受けた人の口コミ
  3. 自施設の臨床研究センターに相談
  4. 大学院に進学する、あるいは研究室に所属する
  5. SNSや学会で声をかけてみる

どうせなら最初から優れた研究者のメンタリングを受けたいと思うかもしれませんが、一流の研究者は自分達の研究で忙しく、初学者に一から教えるというのは困難です。そこでまずは相談しやすいメンターを探し、実績を積むことを優先しましょう。実績が伴うことで優れた研究者とのコラボレーションができるようになります。筆者の経験としても、有名な先生とコラボレーションをした時には、ほぼ必ず筆者の論文や業績は事前にチェックされていました(怖いですよね)。でもそこで実績があるからこそ一緒に研究を行ってくれたり、話を聞いてくれたりします。最初からいきなり良い雑誌に凄い研究を載せたいかもしれませんが、研究は長期戦ですので、焦らず一歩一歩進んで行きましょう。

近年では各地で臨床研究の勉強会が開かれ、臨床家と疫学・統計学の専門家を繋ぐハブとなるところも増えました。例えば東京大学SPHが定期的に行っている救急集中治療クリニカルクエスチョン検討会や臨床医が臨床研究を行うことを支援するScientific Research Works Peer Support Group (SRWS-PSG) などがあります。

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個人的には、オンラインでのメンタリングも可能ですが、普段から直接会って相談できる距離にいるかどうかというのも大事だと思っています。やっぱり直接顔を合わせ、雑談を挟みながら一つのモニターに向かって指導する時間は非常に効率が良く、またお互いの理解のためにも重要だと思います。逆に指導者においてはできるだけ一緒の場所に座って指導する時間を作ってあげると、きっとメンティーにとっても良い時間になると思います。


2. どんなメンターが良いか?

メンターはこうであるべき、といった決まったものはありませんし相性も重要ですが、下記の点を意識して探すと良いかもしれません。

  1. 自分が研究したい領域の臨床・現場経験がある
  2. 自分が研究したい領域で論文を書いている(そういう人とコラボレーションできる)
  3. 基本的な疫学統計学の知識がある(公衆衛生大学院を卒業しているなど)
  4. データベースを所持している、あるいはデータにアクセスが可能
  5. 筆頭原著論文(レター・症例報告除く)が5年以内に5本以上

少なくとも筆頭原著論文数が5年以内に5本はある方がよいです。筆者は臨床医学研究の原著論文1本=臨床研修1年と例えていますが、5本筆頭論文があれば卒後5年目ぐらいの実力だから当直はなんとかできる感じでしょうか。個人差はありますが、実感としてはそんなに外れてないと思います。また研究も日進月歩ですから最近全然論文を書いていないという人も避けた方が良いかもしれません。相当研究実績があって、今もプロジェクトを回している人はオッケーでしょうが。

“no abstract available”と書いてある場合、レターなど原著論文以外が多い

それから「論文を書いています」と言っていても、case reportやletter to the editorがほとんどで原著論文が無い場合、その人を原著論文のメンターにするのは避けた方が無難だと思います。これらは大事な学術貢献ですが研究論文ではないため、研究そのもののノウハウがない可能性が高く、途中で行き詰まることも考えられます。同様に、たくさん英語論文を読んでいても十分に執筆経験がない人も臨床研究のメンターには不向きだと思います(実際にそのような例を見てきました)。またsystematic review/meta-analysisを専門にされている先生の場合、観察研究データの解析が不得意な先生もいらっしゃいます(これは専門性の違いです)。この場合、論文数があっても観察研究のデータを用いた研究相談は時にうまくいかないことがあります。

同様の理由で、研究初心者と(純粋な)生物統計学者の組み合わせがうまくいかないという理由も分かると思います。これはお互いの知識を繋げるための人がいないからで、研究背景となる知識を持って、全体を統括する人が必要だからです。機械学習も同様で、AIの研究を行いたい先生もいると思いますが、機械学習エンジニアは文字通り「AI」の専門家であり、臨床研究の専門家ではありません。臨床研究全体を俯瞰し指揮する人がいてこれらの専門家の活躍できる場ができてきますので、まずはそのようなメンターを探しましょう。

基本的な疫学・統計学の知識に関してはこの5-10年ほどで大きく臨床研究の世界に広がりました。逆に言うと、臨床研究経験があっても体系的に学んでいない先生からの指導を受けると、「昔の間違ったやり方」で研究をしてしまう可能性があります。


3. 基本となる知識を身につける

「よし、論文を書こう」と思っても何から始めればよいのかわからない、あるいは論文を書くことになったけど具体的な方法に悩む場合は、先人の知恵を借りましょう。「臨床研究を行う人にとって定番の書籍・資料」に目を通すことでメンターや共著者との共通言語を持つことができます。ここでやりがちな失敗が、「一から勉強しないといけない」と思って、生物統計や疫学の分厚い教科書などを買ってしまうことです。

確かに質の高い臨床研究を行うには研究をデザインする疫学と、実際に解析する生物統計学の二つを学ばなければなりません。しかしこれらを一から学んでいるといつまで経っても論文を書くことができませんから、実践と並行して行うしかありません(そのためにメンターが必要です)。また生物統計の本を買っても臨床研究はできません。生物統計は臨床研究を行うための一部分であり、まずは全体像を把握して理解する必要があるからです。

これから臨床研究を始める人に向けておすすめの書籍として下記があります。

臨床研究の道標 第2版
臨床研究の第一人者である京都大学の福原先生が書かれた本です。臨床研究の教科書として有名な一冊なので、一度は目を通すことをお勧めします。既に臨床研究を始められている先生にとっては既知の事も多いかもしれませんが、共通言語として学んでおくのは良いと思います。
できる!臨床研究 最短攻略50の鉄則
同じく臨床研究の第一人者である東京大学の康永先生が書かれた本です。康永研究室からは多くの臨床研究に関する書籍が出版されていますが、主なものとして、下記の『必ずアクセプトされる医学英語論文 改訂版』と合わせての購入がお勧めです。
必ずアクセプトされる医学英語論文 改訂版
上記の通りで、こちらはより具体的に論文をどう書くか?が書かれています。本サイトとの共通点、あるいは違う点を含めて参考になると思います。
労力を無駄にしないための 臨床研究テーマの選び方: 論文執筆マニュアルを開く前に読みたい没ネタ回避術
「研究テーマの選び方」という大切な切り口で失敗談を元に「どうすれば良いテーマを選べるか」について書かれています。非常に読みやすい一冊です。
実例から学ぶ! 臨床研究は「できない」が「できる! 」に変わる本
「研究を実践した人の経験+メンターからの助言」という構成で、初学者が躓きやすいところをどう対応してきたか、その手がかりを教えてくれる本です。実践で困るところが実例を元に解説されているので、研究を始めたいけど悩んでいる先生にお勧めです。
これで解決! みんなの臨床研究・論文作成
本マニュアルにはあっさりと書いてある部分がより丁寧に実例を挙げて記載されています。研究目的がある程度具体的になったタイミングで読むのが良いように思います。
診断研究の方法論 ー診断学のエビデンスの読み方・作り方
診断・予測研究であればこの一冊を買って読むべき本です。理論から実践まで網羅されていて、なかなか体系だって教わる機会の少ない診断研究に関して述べられている数少ない名著です。
僕らはまだ、臨床研究論文の本当の読み方を知らない。〜論文をどう読んでどう考えるか
拙著ですが、論文を読むための本である一方、実は論文を書く時に意識している点をかなり詰め込んでいます。本マニュアルと並べて目を通しておくことで、実際に論文を書く時に困りがちな点が整理されていくと思います。

他にも良い書籍は沢山ありますが、これらの書籍は読みやすく、数日もあれば目を通すことができるはずです。研究初心者にとってこの「読みやすさ」というのは大事です。まずは臨床研究の全体像を理解することが先で、細かい手法論や全部を最初から理解する必要はなく、「こういうことが書いてあったな」でも大丈夫です。パラパラとでもいいので通読する時間を割きましょう。「the・教科書的」な本は読むのが辛いので最初に購入するのはお勧めしません。

時に「実践ベースが大事でそのような資料を読まない」という人もいますが、適切な指導を受けず我流で臨床をやってきてなんとなくやってきた、という臨床医と変わりありません。指導者側としても「自己流でやってきた」という人と折り合いをつけながら臨床研究を行うのは結構難しいです。


4. 研究室と研究テーマの設定

研究室に配属されることと大学院などで臨床研究を体系的に学ぶことの違いの一つに「自分でテーマ設定ができるかどうか」という点があります。研究室は基本的に研究資金を取得してきているため、その資金を用いた研究を行います。データがあるからと言って好きな研究ができるわけではありません。基本的には研究室が進めている研究の範囲内で行うため、事前に興味のあるテーマの研究を行っているかどうかを知るのが大事です。一方、大学院などで自分でテーマを決めて書く場合は好きな研究を行うことも可能ですが、すぐに利用可能なデータがあるわけではないので、実際には苦労してデータを集めるか、オープンデータなどを用いた研究を行うケースが多いと思われます。

臨床研究の指導をしていてよくあるパターンが「臨床研究に興味があるので論文を書きたいです」というケースです。気持ちはよく分かりますし、熱意は素晴らしいのですが、臨床的疑問がない状態で論文を書きたいと来られる先生を実際に指導すると、「勢いよく来たけど、思ったよりも大変…」と困惑しているケースが散見されます。この場合、その研究室の指導者が自分たちが行っている研究のテーマを分担させて行ってもらうことが多いです。

これは何かしら自分が臨床で疑問に思っていることを明らかにしたいという本来の目的と、論文を書くという手段が入れ替わっているため段々と苦痛に感じられてしまうからだと思います。この場合はメンターが自分の研究テーマの一部を渡したり、一緒に解決できる臨床疑問がないかを相談することが多いと思います。

そこで漠然とでもいいですから「こういうテーマの研究がしたい」ということだけでも自分の中でいくつか考えましょう。臨床的疑問を研究できる形に落とし込み、それを洗練させて、かつデータをどうするかという点は経験が必要な部分ですから、自分の中での臨床疑問を用意しておくのがスムーズに研究を進めるための近道になります。

また、いざ研究をしようとすると、一つの研究にあれもこれもと詰め込みたくなるのですが、それはやめておきましょう。後述する「メインメッセージ」を明確にすることは極めて重要であり、あれもこれもと入れても内容がぼやけるからです。

実際には新規性が高い論文を初学者が産み出すのは極めて難しく、メンターと相談してもなかなかテーマが決まらないでしょう。そのような場合は、やや枝葉のようなテーマや焼き直しになるようなテーマでもいいのでメンターが「これなら形にはなりそう」という研究を一度スタートしてみるのが現実的なようには思います。運が良ければ、所属した研究室に新しいデータベースができ上がったから過去にない研究ができて、ビッグジャーナルにアクセプト!という事もあります(これは非常に幸運な例です)。


5. これから研究を始める人へ

多くの先輩研究者がブログなどで自身の経験談を物語っています。たくさんありすぎて絞ることは難しいですが、下記のblog/noteは一読の価値があると思います。研究に疲れてモチベーションが上がらない時や、他の人の意見を知りたい時などに読んでみてはいかがでしょうか。

大学院生への9つのコラム(向後千春氏)
この9つの事項はまさに、と思う内容でした。最後の「指導教員はあなたの研究を覚えていない」というところには思わず笑いつつも、その通りだと思っています。

いつか博士になる人へ(森野キートス氏)
研究をしているとたまにふと「これって意味あるのかな」とか色々な悩みが出てきます。研究が進まない時、色々悩んでいる時…でもこれらの悩みは実は誰しもが感じていることだったります。そんな時にこのブログを読んでみてください。きっと頑張ろうという気持ちになれると思います。

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