1. メンターを見つける
論文と同じで、症例報告の経験があるメンターを見つけましょう。自分の所属施設にいればそれが良いですが、そうでない場合は外部で探すのが良いかもしれません。SNSなどで思い切って相談してみると案外引き受けてくれる人もいると思います。臨床研究論文のメンター探しと同じです。
症例報告は1人でもできなくはないのですが、初学者が1人でやるのはやめましょう。万が一のこと(個人情報保護ができていない、同意の取得、所属施設の問題など)が発生するリスクが格段に上がりますし、相談できる相手がいないのは非常に辛い道のりになるからです。
2. どの症例にするかを選ぶ・共著者決め
ここに関しては症例報告の書き方ポイントにある通りです。
もう一つ注意点として、症例報告の場合、著者数が2-3名までと制限されていることがあります。従って、自分とメンターを含めた数名になる可能性が高いことには十分に注意しないと、色々な人に聞いたけど最終的には共著者に含めることができず気まずい思いをする、といったことも起こります。
そして勝手に人の担当した症例やチームで見た症例を自分のものにしてはいけません。主治医・担当医に許可を得る前に「あ、あの症例面白かったから発表しよう」と発表するのは絶対にやめましょう。初療が自分だけど、入院科が違う場合や普段の主治医が異なる場合には、所属科の上司同士で話し合ってからの方が良いです。
3. 患者さんに同意を得る
症例報告は一般に倫理委員会での審査は必要ありません(「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針 ガイダンス」を参照ください)。しかし、その代わりに論文出版に関する患者の同意書が必要です。国内の主要な学会誌や、BMJ case reportやAnnals of Internal Medicine Clinical Casesなどの主要な国際誌の症例報告雑誌には「論文出版に対する本人または代諾者の同意が必要」と書いています。
症例報告に関する説明と同意書のフォーマットについてはインターネットで検索するといくつかの学会が公表しているフォーマットがありますので、それらを参考にすると良いと思います。説明においては、「症例報告の意義、自由意志による同意であること、拒否によって診療上不利益が生じないこと、匿名化と個人情報の保護が行われること」などについて説明が必要です。
同意取得はいくつかパターンがありますが、入院する患者さんがほとんどだと思います。
- ICU入室時の輸血の同意書、抑制の同意書、、、とかの同意書の流れで、「医学教育、医学研究へのご協力のお願い」みたいな同意書があって、その中に症例報告、学会発表させてもらうことあります、などのように包括的に取得する
- 主治医に依頼して外来フォローなどで取得してもらう
- 退院して外来フォローがない場合は、センター長名義で手紙をおくる
- 18歳未満、死亡している場合は家族からの同意を得る
基本的には自分が担当した患者さんなのでコンタクトを取ることは可能だと思います。患者さんがすでに退院している場合、自分が主治医・担当医であるなら、電話で一報入れてから手紙・同意書をを送付して、送り返してもらうのもありでしょう(連絡に際しては個人情報保護の遵守並びに・常識の範囲内で行なってください)。
BMJ Case Reportへの投稿が念頭にある場合、必ず専用の同意書にもサインしてもらいましょう。「内容は同じですが雑誌によって形式が違うので、お手数ですがこちらにもサインをお願いします」などのように説明すれば良いです。
4. データの収集
症例が決まったらカルテ等からデータを抽出します。この時、画像ファイルは放射線科あるいは医療情報部に頼む事で質の高い画像を抽出することができます。患者さんの同意があることと症例報告に用いることは必ず伝えましょう。IDを消してもらうことが可能な場合、データ紛失などが起こった場合のリスクを下げるためにも消してから抽出してもらいましょう。
5. 投稿先の決定
症例報告を書き始める前に、投稿先を決めておく方が良いです。共著者の人数制限や投稿規定が異なるので、書いてからだと後で修正するのが面倒です(論文や症例報告の出版が遅れる理由の一つはに、rejectからの再投稿が面倒で遅くなりがちと言うのはあると思います)。
投稿先の雑誌:診療科、専門領域によって様々な雑誌がありますので投稿先雑誌は、実際の論文執筆にあたって指導してくれた先生と相談して決めるのが良いと思います。和文であれば各学会が出している学会誌に出すのが一般的だと思います。経験豊富な指導者がいない場合、英文雑誌だとどこに投稿していいかわからないということもあるかと思います。以下に投稿先を決めるにあたって参考になる事項について述べます。
症例報告を受け付けている主な雑誌には下記があります。症例報告でインパクトファクター云々というのはややナンセンスな気はしますが、インパクトファクターが高い雑誌の方が嬉しいのは事実なのでQJM(IF: 13.3. 2022)などは人気があるように思います。とにかく出版優先であればCureusに投稿する人が多い印象です。
・大手雑誌は原則、症例報告を出版しない:せっかく作成した症例報告論文なので、できれば有名な雑誌に載せたいという気持ちを多くの人は抱きます。しかし残念ながら、多くの名のある雑誌(例えばImpact factoreが5以上となるような雑誌)は雑誌の編集部の方針で、症例報告は出版しないことが多いです。仮に出版するとしても非常に稀な重要な症例報告の場合のみで、よほどの自信作でなければオススメしません。その雑誌が頻度高く症例報告を出版しているかどうか確認しましょう。
・英文雑誌の場合、症例報告雑誌をターゲットにする:英文雑誌のなかには症例報告を主な対象とした雑誌があります。有名なBMJグループのBMJ case reportや、Annals of Internal medicineのClinical casesなど大手の雑誌の姉妹雑誌として症例報告に特化した雑誌に投稿するのが一案です。それ以外にもBMC系列のJournal of Medical case reportなどがあります。
・ハゲタカジャーナル(predatory journal)に注意:ハゲタカジャーナル (predatory journal) と呼ばれる粗悪な雑誌が数多く世の中に存在します。ハゲタカジャーナルは「すぐにアクセプトします」という甘い言葉で十分な査読を行わず著者を騙し出版費用を騙し取る雑誌です。ハゲタカジャーナルを判断するためには、PubMedにその雑誌の論文が収載されているかどうか、Elesevir、BMC、Springer, Wiley社などの大手の雑誌社の雑誌かどうか、雑誌社のWebsiteやEditorial Boardがきちんと提示されているかどうかなどを確認しましょう。
6. 実際に書き始める
ChatGPTを用いて原稿を書く、を参照してください。
投稿先のauthor guidelinesをちゃんと読んで仕上げましょう。本文が書き上がったら、カバーレターを添え、共著者に確認してから提出です。
7. 発表、投稿の前に確認しよう
- 患者の同意を得ているか
- 匿名化できているか
- 共同演者、共著者の確認は得ているか
匿名化について:例えば、年齢を「54歳」と記載するのではなく「50歳代」とするなど、個人の特定につながるような患者背景や診療経過の記述はできるだけ避けるべきです。また画像を提示する場合などにおいても、患者IDや名前が画像に映り込まないように加工する必要があります。どうしても診療経過の記述に必要な場合は、年月を記載することも許容されますが、不必要なら省略するべきと思います。
共同演者、共著者について:こちらは研究論文と同じです。「共著者・チーム決め」の項を参考にしてください。症例報告にあたっても実質的な貢献のある人が共同演者、共著者になるはずです。
投稿の準備:投稿にあたって投稿先の雑誌の投稿規定をよく読み、規定のフォーマットに体裁を合わせましょう。英文雑誌の場合には英文校正も必要です。投稿に必要なもとしては原稿のほか、カバーレター、図表が必要です。カバーレターについては別項のカバーレターを参考ください。図表は枚数や画質の規定などに注意してください。そのほか、場合によっては、患者の同意の書類、CARE Case Report Guidelineのチェックリストが必要になることがあります。CARE Case Report Guidelineのチェックリストは、このマニュアルのお作法に習って作成していれば、すべてのチェックを満たすはずですので、投稿前に確認、チェックして原稿に同封しましょう。
投稿後:研究論文と同じですが、症例報告論文も投稿後に査読され、Rejectまたは修正指示のどちらかの結果が返ってきます。別項「査読対応」を参照して原稿の修正をしましょう。アクセプトされた場合には最終原稿の確認と出版費用(必要な場合)についての連絡がありますので、出版の手続きに進みましょう。