1. イシューからはじめよ
臨床研究に限った事ではないのですが、「問いを正しく立てる」というのは非常に重要です。筆者がお勧めの動画として、下記のTED talkがあります。日本語で10分ほどなので是非見てください。この安宅さんの「イシューからはじめよ」という動画は研究の本質でもあります。枝葉のような研究をしてもあまり意味がなく、「本当に意味のある正しい問いを立てて、それに向けて動く」という事が重要です。
このイシューが何か?これは経験と知識と洞察から産まれるものであり、いきなりは難しいかもしれません。しかし最初は枝葉の研究でも、後々にどうしたいのかのゴールを常に意識しておくことは極めて大事だということを強調しておきます。筆者らが用いる研究計画書においては、「この研究結果をもとに次にどのような研究に繋げるのか?」というfuture planを書くことを推奨していますが、それはこの理由からです。
個人的な意見としては、初学者が一人でどれだけ考えても決まらないので、十分に経験のあるメンターと時間をかけて決めるか、最初のうちはメンターからテーマをもらうのが一番ではないかと思います。臨床の片手間に好きな研究を行うのならそれはそれで良いと思いますが、大学院に進学するなどして、自分のテーマを持ちたい場合は、その部分に時間をかけましょう。2024年に出版されたCellの“Problem choice and decision trees in science and engineering”でも同様の事が述べられています。
多くの初学者はまず目の前の興味で論文を書くことになると思いますが、最初はそれで良いです。ただし、長期的に研究を続けるのであれば、業績のために、あるいは興味があることにあれこれ手を出してしまうよりも、重要で意味のある一つのテーマを深堀りする事に注力した方が良いと思います。特に将来廃れる・他の技術で代替が容易になるであろうところに「エビデンスがないから」という理由だけで力を注ぐのはあまりお勧めしません。
それなりに研究を積み重ねると分かるのですが、臨床研究においてはいくつかのステージがあります。
- とにかく論文を書き、「論文を世の中に出す」ことを学ぶ
- 自分でテーマを考え、メンターと相談しながら少しずつ自力で学ぶ
- 自分の大きな研究テーマを考え、その第一歩を踏み出す
- PIとしてプロジェクトを立案し、研究費を取って仲間と共にデータを集めて研究を行う
このサイトを見る多くの先生はおそらく1か2だと思いますが、筆者は3,4へのステップに移行できるかどうかが研究者として重要だと思っています。特にデータベースが豊富な環境だとどうしてもそのデータベースに依存してしまい、中々3, 4と踏み出していける人が少ないように感じています。つまり「データがあるからこれで何か書こう」「このデータだとこれができそう」という考え方に陥りやすく、「本当に解決すべき課題は何か?」から逆算して自分なりの研究ができなくなる恐れがあるので気をつけましょう。これをrecency/familiarity biasとも呼び、容易な課題に引きずられて、真に向うべき課題を見失ってしまうことにあります。
近年ではデータのオープン化が進んでおり、そのようなデータを入手しながら自分の研究が進められるのであればそれでも良いと思います。
折角なので先人の名言を残しておきます。
“研究家は明暗の境に立っていなければならぬ。明のみにたてば開拓の余地なく、 暗のみにおれば五里霧中に彷徨する。“
“新しい研究分野を開拓すれば、二流の研究者でも一流の論文が書ける。限られた市場のシェアの争奪戦では敗者なくして勝者はあり得ないが、拡大する新分野では参加者すべてが勝者になりうる。“
“一人の科学者の一生の研究時間なんてごく限られている。研究テーマなんてごまんとある。ちょっと面白いなという程度でテーマを選んでたら、本当に大切なことをやるひまがないうちに一生が終ってしまうんですよ。だから、自分はこれが本当に重要なことだと思う、これなら一生続けても悔いはないと思うことが見つかるまで、研究をはじめるなといってるんです。科学者にとって一番大切なのは、何をやるかです。“
2. リサーチクエスチョンを明確にする
リサーチクエスチョンを作る時には下記のFINERに注意するよう一般には言われています。近年では発展系の”FIRM2NESS”もありますが、個人的にはまずはFINERかなと思います。
Feasibility:実現可能性
Interesting:興味深さ(あなたの、ではなく、研究者・医療者・政策立案者にとって)
Novelty:新規性・独自性
Ethical:倫理的
Relevant:臨床的・研究的な重要性
このFINERはよく用いられるのですが、ほとんどが主観的指標であるが故に、初学者が自分一人でこれに当てはめても「全部OKな気がする」となってしまいがちです。臨床経験が十分でない、あるいは研究初学者がなんとなく面白そう、と思った研究内容や興味のある内容のほとんどは自分が知らないだけ、あるいは科学的インパクトがありません。時に良いアイデアもありますが、アイデアが良くても実現不可能なことも多いです。
特に初学者は研究経験がないので実現可能性(feasibility)がどの程度あるのかを見積もる事が困難な事が多いです。この部分はメンターとよく相談しましょう。少し考え方が整理できたら、改めてFIRM2NESSや私が独自に用いているresearch briefing sheetなどを埋めてみてはいかがでしょうか。
ChatGPTやClaudeなどの大規模言語モデルで壁打ちする?
ChatGPTに聞くと色々な答えが返ってくるので、上記FINERに関してどうか聞いてみるのもありでしょう。ただ、結局はある程度想像できるの範囲のことを返してくるので、最終的な回答にはなりません。あくまで簡単な壁打ちとして捉え、それをもとに自分の経験や指導医のコメントを踏まえて考える方が良いでしょう。
3. 先行研究を調べる
リサーチクエスチョンを明確にしたら文献の検索を行いましょう。理想的には誰も研究したことのないテーマが理想ですが、現実的にかなり難しいため(全く誰もやったことがないテーマは単純に意味がない・つまらない可能性の方が高い)、多くの場合は過去の研究の+αのような研究テーマになる事が多いと思います。もし既に類似のテーマの研究がある場合、自分の持つデータや研究の強みが生きるかどうかが鍵になります。基本的には先行研究でかなり類似したキー論文があるはずので、それを探しましょう。
指導者・共著者として論文のチェックを行っている時によく感じるのが 「自分の主張したいことが先立ちすぎて、研究の背景となる先行研究の検索・吟味が不十分である」ということです。論文を書く目的は新しい科学的知識(knowledge)を世の中に出すことです。その際に、自分の研究が過去の研究とまったく独立しているということはありません。過去の研究を土台として自分達の研究があり、そして科学的知識を積み上げていきます。
そこで『何故、自分の研究が大事なのか?』を訴えるために、網羅的な論文収集は必須です。自分の研究テーマに関する論文を探して読みましょう。早く論文を書き始めたいがゆえに、ここをおざなりにしがちかもしれませんが、ある程度時間をかけてしっかりと検索した論文を読み込んでおくことで、研究に「厚み」が出てきます。そしてデータが出揃ってから「やっぱり似たような研究がありました」では自分や共著者の時間と労力を無駄にしてしまいます。とはいえここで挫折しては元も子もないですから一週間程度で終わるようにしましょう。
もしかしたら先生によっては「研究テーマが決まったらあとは肉付け程度にしか読まない」という人もいるかもしれません。このような場合はすでにその人に十分な背景知識があることが前提です。研究初学者においては、少なくとも観測範囲において十分な下調べができているとは言い難いです。個人的な意見としては、最初からそこを目指すのではなく、最初は少し時間をかけてでも研究背景を知る方が結果的に早く進むと思います。
4. 文献検索の手段
論文数の爆発的な増加とAIの登場で大きく変化した部分になります。ChatGPT以後、すごい勢いで様々な文献検索・整理などのAIが登場して「どうしよう…」と思っているかもしれませんが、あまり目移りせずに、まずはベースとなるサービスを覚えて使うことから始めましょう。今後AIを用いたサービスはますます発展していくと思いますが、よく使われているアプリは新しい機能が追加されてなんだかんだ定番化することの方が多いです。
PubMed:文献のゴールドスタンダードなので、結局はここに行き着きます。
Google:意外普通のGoogleが調べやすかったりします。Googleで「”調べたいテーマ” “pubmed”」あるいは”ncbi”と入れればGoogleでPubMedを検索できるので、個人的には検索バーからさっと検索できるこの手法が結構好きです。
Google Scholar:個人的にはあまり使いやすいとは思わないのですが、Paperpileとの連携が非常に便利なので、ある程度決まったら便利です。Google Scholar PDF Readerは便利です。
Connected Papers:自分の研究の立ち位置を知るのにめちゃくちゃ便利です。LLMとは違うAIなので信頼性もあり、イントロダクションやディスカッションを書く時には手放せないです。有料になって回数制限があるのでちょっと残念ですが。類似サービスにはResearch Rabbitがあります。
Elicit:GoogleやConnected Papersなどで調べる前後にサポートとして使います。既存のエビデンスを調べても良いのですが、網羅性があるわけではないので、そこは注意が必要です。
Perplexity AI: とりあえずさっと調べてみたい時に使いますが、臨床研究においては多くの場合ある程度疑問が自分の中であると思うので、あまり使う機会がないように思います。とりあえずコアな論文を調べたい場合やサッと疑問を解決したい場合には有用です。
そのほか: 2024年4月時点ではClaude 3による原稿を読ませた場合、かなりの精度で情報を返してくれます。
Claude 3を用いた論文の読み方ガイド
論文の読み方のサポートとしてClaude3 Opusに下記質問を入れるのが楽です。自分の論文を読ませてみても、研修医向けのガイドなら十分でした。 もちろん自分で読めるに越したことはないのですが、最初に全体像や解析で何をしているかを理解してから読むとだいぶ読みやすくなると思います。
1. ジャーナルクラブ用に整理して詳細に解説して
2. 臨床現場で用いていいかどうかを教えて
3. この研究の研究手法を教えて、そして批判的に吟味して
医学論文の検索に関しては下記の本がありますが、完璧な検索方法というのは無いので、色々な方法を組み合わせて行うのが良いと思います。また、ChatGPTなどのサービスが出る前の出版なので、その辺りには対応していません。ただ、大事なのは無闇矢鱈に論文を探し集めることではなく、臨床疑問をどう考えて、どう捉えるかなので、そこを知るには良いでしょう。
必ず読めるようになる医学英語論文 究極の検索術×読解術 硬派ですが、大学院生で研究をこれからしっかり行う方にはこの一冊が良いかもしれません。文献検索の箇所に関するページ数はそんなに多くないです。 | |
日常診療で臨床疑問に出会ったとき何をすべきかがわかる本 論文執筆がメインではありませんが、読みやすい本です。臨床研究とは、研究デザインとは、GRADEとは、などなど正しいEBMを実践するうえで知っておかなければならない知識や、臨床疑問に応じて系統的にどのように検索するかを概説してくれます。 |
5. 実際の文献検索
先行研究の検索をするにあたり、どのサービスを用いるか悩むと思います。研究分野の十分な背景知識があればそこまで問題になりませんが、このマニュアルを必要とする初学者であれば、自分が興味のある研究領域の知識が不十分である可能性が高いです。そこで、下記の手順を一例として挙げます。
ただし、ガイドラインを作るわけではないので、例えばPubMed, EMBASEあるいは医中誌などの全ての文献データベースで検索式を作成してまでの検索は必要ありません。PubMedとGoogle/Google Scholar/ElicitとConnected Papersで十分です。康永先生の「必ず読めるようになる医学英語 究極の論文検索術・読解術」でも”文献検索そのものに時間をかけないことが重要である。膨大な数の論文のフルテキストをダウンロードし、それらを整理することに時間と労力を費やし、論文を読む前に力尽きてしまっている研究者が少なくない“とあるように、文献検索で力尽きないようにしましょう(長くて一週間程度でしょうか)。
- まずは自分の臨床疑問を明確にして、UpToDateで調べるかPerplexityで検索する。
- 自分の疑問に一番近いところを探し、エビデンスとなっている論文をピックアップする。
- その論文をPubMedで検索し、Related Articleをチェックする。
- その論文をConnected Papersで検索し、最近かつ丸の大きい文献をリストし、上記Related Articlesと検討する。
- 次にGoogleやElicitで自分の臨床疑問を質問し、数年以内の文献をピックアップする。
- 再度Connected Papersで検索する。
この繰り返しで主要な論文がどれかは大体目処がつきますからキー論文を含めて5本〜10本程度はしっかりと読みましょう。他の論文はとりあえずストックでも良いです。とにかくまずは総論を把握するためにUpToDateなどで該当するトピックを最初に読むことが大事で、意外と新しい知見が追加されていたり、自分が知らなかったことが整理されます。UpToDateが辛ければ日本語の総論や書籍でも良いです。いきなり網羅的に行おうとすると、要所を外してしまうことがあります。
次に自分の興味のある研究テーマはまだ解決されていないのか、本当に重要なのか、枝葉的な研究になっていないか、臨床のプラクティスを変えうるのか、次にどのような研究に繋がるのかなどを考えます。必要に応じてメンターと壁打ちしましょう。
文献検索は慣れているものがあれば何でも良いと思っていますが、AI系サービスは「根拠があるかどうか」を求めるのには便利なのですが、「網羅的に系統立てて」提示はしてくれません。研究というのは積み重ねであり、自分の研究がどういうパズルのピースになるかが大事なので、その一点においてConnected Paperは非常に優れています。
5. 主要な文献の整理
自分の論文に引用する先行研究として重要な論文は全部読む必要がありますが、この時、読んだ内容をまとめておくと後々非常に楽です。この時にElicitやResearch Rabbit、あるいはPaperpileやZoteroなどの文献管理ソフトやLiquidなどのPDF viewerを用いても良いですが、個人的にはnotionなどの情報管理ソフト(obsidianなどでもいいです)に自分なりに内容をまとめておくと、論文を書くときに整理されやすくお勧めです(下図)。AIでまとめてくれるのは楽なんですけど、自分でまとめていないから、結局頭に入っていないんですよね…
このとき、ただアブストラクトを訳したものを貼るのでは意味があまりないので、下記の項目に関して記載しましょう。引用する文献は20-30程度ですから、これらを最初にまとめてしまうと自分の中でも整理されて最終的に論文を書くときに役立ちます。整理を丁寧に行う必要はありませんが、論文の後半でDiscussionを書くときなどに「ああ、作っておいて良かった」となると思います。この時に大規模言語モデルを用いたサービスをうまく使うとサクッと作成することができますが、要約系サービスは要約内容がズレていたり、酷いサービスだと書いてないことをまとめたりするので注意しましょう。たいした手間ではないので5-10本くらいは自分で読んで整理した方が、自分の中でも整理されると思います。
- PubMed IDもしくはURL
- 雑誌、出版年、著者
- 研究目的
- 研究対象集団
- 曝露・介入・対照群
- アウトカム
- 主な結果
- 研究限界
- 自分なりのコメント