Research idea briefing sheet
結局はほぼメンターが全てであるとはいえ、実際に論文指導しているとよく行き詰まる点があります。
- 論文として言いたいことが不明瞭
- 解析は終えているがメッセージが決まらない
- 結果とメッセージが一致していない
- 話があちこち飛ぶ・論理構成がおかしい
論文には自分の研究のストーリーテリングな側面がありますが、解析前の検討が不十分が故にストーリーテリングで困るケースです。また、とりあえず解析して結果は出たけどそこから進まないという人もいます。
そこで研究アイデアブレスト用シートを開発して、実際に自分の研究指導に取り入れたので紹介します。自分の臨床研究指導経験に加えて、マーケティングでよく用いられるcreative briefingの要素を取り入れています。大事なのは各項目に一行しか書けない、という点です。なぜ一行にしているかというと、人に伝えようとする一行は練られたものであり、曖昧なままだと一行で示せないからです。また、たくさん書けばなんとなく良いように見えてしまうのを防ぎます。
PICO+FINERに見えるかもしれませんが、両者の良いところを取り入れてメッセージ性を重視しています。もちろんPICO/FINER/FIRMMNESSだけで十分な人もいればそもそも必要ないという人もいると思いますが、自分に合ったものを探してみてください。
このシートでは研究における具体性よりも研究のナラティブを大事にしています。なぜあなたはこの研究をしたいのか、そのメッセージは何で、次にどうするのか、を明確にするためのものです。余裕があれば「もし仮説通りにいかなかった場合どうするか」まで考えられるとベターです。本当にそれでメッセージが伝わるか?を考えましょう。
各場所の違いが分からない場合は、おそらく自分の中で整理されていない可能性が高いです。もしうまく書けなければ、一度NEJMやLancetなどの論文を当てはめてみるのもありです。既存の良い論文はちゃんと当てはまるはずです(もちろん抄読会/ジャーナルクラブにも応用ききます)。
Research Idea Creative Briefing Sheet
研究タイトル:
発案者:
Knowledge gap | |
研究目的 | |
研究仮説 | |
研究のメッセージ | |
誰に向けたメッセージか | |
仮説と異なる結果が出た時のメッセージは何か | |
*関連する一番大事な研究 | |
用いるデータ | |
対象患者集団 | |
*調べたいもの(リスク因子/予測因子/介入) | |
主要アウトカム | |
実現可能性 | |
最も大きな研究限界 | |
この研究の一番の「売り」 | |
この研究を踏まえて次に繋げる研究 | |
その他コメント |
1. Knowledge gap
「誰に対して、何が分かっていて、何が分かっていないのか」を明確にします。因果推論であれば書きやすいかもしれませんが、記述研究であれば「疾患Aの疫学的特徴が分かっていない」など。診断・予測であれば「疾患Aを正確に診断するためのモデルがない」「外的妥当性が検証されていない」「既存の予後予測モデルは性能が不十分かつ臨床で使いにくい」など、specificに書きましょう。ここは論文のイントロダクションの芯になるところです。
2. 研究目的
「〜を示すこと」のように上記のknowledge gapに対応する形で書きます。記述研究であれば誰の何を主に記述するのか、関連の探索や因果推論であれば見たい因子・介入とアウトカムとの関連性を、診断・予測であればモデルの開発検証なのか、まで含めて「この研究の目的はこれ!」そしてメッセージに繋がるように書きましょう。この研究目的と仮説が合わさり、論文のイントロダクションの最後の段落が決まります。
3. 研究仮説
因果推論であれば「疾患Aの患者において治療薬Xは28日死亡率を5%下げる」と言ったように明確に書けると思います。他の研究目的では難しいかもしれませんが、それでも記述研究であれば「疾患Aの疫学的特徴として、〇〇がある」、診断・予測モデルであれば「疾患Aの発生は予測可能であり、適切なリスク評価ができる」など自分がそういう結果を出したい、という仮説を立てましょう。
4. 研究のメッセージ
一番大事なところです。気をつけたいのは無意識なSPINです(試験の結果が有利に見えるようにする、読者に誤解を与えるといった印象操作)。研究仮説の通りであった場合、どこまで何が言えるのかをよく考えてください。メッセージが決まっていない論文は、論文の筋が通らないので解析とディスカッションが合っていなかったり、ディスカッションの方向性が散らかったりします。また、「この研究から本当にそれが言えるのか?」は特に気をつけましょう。
5. 誰に向けたメッセージか
一般には臨床家・研究者・政策策定者と言われます。このうち最低二者にメッセージがあると良いと言われています。なぜかと言うと、ごく一部の人にしか興味のない研究結果とメッセージは、単純にインパクトがありません。枝葉のような研究になっていると、読んでいても面白くないですよね。誰に読んでもらうかを意識していない論文のメッセージは、中々ちゃんと伝わらないでしょう。
6. 仮説と異なる結果が出た時のメッセージは何か
研究は毎回仮説通りに行くわけではありません。もし期待に反する結果が出たらどうするか?特に問題になるのは関連を見る研究や因果推論で所謂「有意差がない時」や、予測モデルのAUROCが0.60程度と低い場合です。このまま無かった事にして学会発表でお茶を濁すのか、あるいはそれでも価値ある論文として出すのか。大事なのは下記ツイートにある通り、ネガティブでも価値のあるメッセージが出せるかどうかです。そうなるとサンプルサイズが十分なのか、などの問題は避けては通れません。
7. 関連する一番大事な研究
ここはあってもなくてもいいですが、完全に新規の研究でもない限り、必ず先行研究があります。大抵は軸足となる研究があるはずなので、その論文を一本定めましょう。メッセージもその研究と繋がるはずで、論文の軸足をぶらさないためにも一本選んでおくと話を展開しやすいです。
8. 用いるデータ
今の時代においては、多施設データベースやレジストリを二次的に活用した研究が多いでしょう。そこで用いるデータベースとその期間を明記します。10年以上前の古いデータはトレンド解析などでないと有効活用は難しいことが多いです。仮説がそのデータベースで示せるかどうかはよく考えましょう。
9. 対象患者集団
これはPICOなどでも同様ですが、「研究対象患者を明確に定義すること」が極めて大事です。この時、研究対象患者が「本当に調べたい患者集団を代表しているか、ずれているならどのようにずれているか」を意識しておくことで研究限界やディスカッションへとスムーズに繋げることができます。
10. 調べたいもの
- 記述研究:ただひたすら得られた特徴を記載すると何が言いたいのか分からない研究になりがちです。特に注目したい項目を記載します。
- 関連の探索・因果推論:PICO/PECOにおけるExposure/Interventionの定義を明確にします。この時、治療介入であれば均質かどうか(投薬量や治療期間などが揃っているかどうか)は注意しましょう。
- 診断・予測:診断・予測因子を記載します。沢山ある場合は要約してください。
11. 主要アウトカム
アウトカムの定義を明確にします。ここが根拠を持って明確に定義されていないと研究として成立しません。記述研究であれば上記とほぼ同じになるのでどちらかだけでも良いです。
12. 実現可能性
これはFINERのfeasibilityと同じです。最初は実現可能性の低い研究に時間を使うよりは、実現可能性の高い研究でスモールステップを踏む方が良いと思います。
13. 最も大きな研究限界
どの研究も複数の研究限界がありますが、細かいものまで全て挙げていたらキリがありません。当然重みが違うはずで、特にこの研究に特有かつ重要なものを挙げましょう。基本的な疫学の知識があり、かつ研究の全体像が見えていないと書けないので、一行で書くのは簡単なようで難しいのではないでしょうか。
14. この研究の一番の「売り」
研究をするからには当然他の研究と異なる「新規性・強み・売り」があるはずです。テーマが新しい、データの質が高い、新規性の高い変数がある、解析手法の妥当性が高いなど、自分が「これだ!」と思える一点を書いてください。それがないのであれば論文化する時に苦戦します。よく新規性と言われますが、全く新しい研究というのはほぼ存在せず、ちゃんと研究にストーリーがあって、これからの臨床や研究につながることがあればそれで十分です。
15. この研究を踏まえて次に繋げる研究
初学者にこれを考えろというのは難しいかもしれませんが、先にデータベースがある研究だと「とりあえずできる研究」を探すことになってしまい、その後が続きません。問いの立て方と文献検索のページも併せて参考にしてください。次のテーマが決まらないと研究費申請などでも困る日が来ます。